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京都地方裁判所 平成6年(行ウ)22号 判決

京都市左京区鹿ヶ谷上宮ノ前町四三番地の二

原告

福田つる

右訴訟代理人弁護士

中島純一

京都市左京区聖護院円頓美町一八

被告

左京税務署長 小宮義之

右指定代理人

草野功一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告の平成二年分所得税に係る更正の請求に対し、平成四年六月二二日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分は、これを取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、被告に対し、原告の平成二年分所得税に係る更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をしたところ、被告は、平成四年六月二二日付けで更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をしたため、原告が、本件処分には、原告主張の雑損控除を認めなかった違法があると主張し、被告に対して、本件処分の取消を求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがないか又は認定が容易な事実)

1  当事者及び関係人

(一) 京都製菓株式会社(以下「京都製菓」という。)は、昭和二二年七月五日に設立された、一般食料品及び菓子類の製造並びに販売等を目的する会社である。

(甲八、九、一一)

(二) 亡福田俊一(通名智一。以下「俊一」という。)は、昭和三七年八月二四日当時、京都製菓の株主かつ代表取締役であった。

(甲八、九、一一)

(三) 原告は、俊一の妻である。

(甲八、九)

(四) 亡福田榮治(以下「榮治」という。)及び福田直治(以下「直治」という。)は、俊一の弟である。

(甲八、九)

2  課税の経緯

本件における課税の経緯は、別表記載のとおりである。

(争いがない)

3  本件更正請求に至る経緯

(一) 相続による原告の本件旧株式取得

原告は、以下のとおり、京都製菓の株式七万三二〇〇株(以下「本件旧株式」という。)を相続により取得した。

(1) 昭和三七年八月二四日当時、京都製菓の発行済株式総数は、一八万株(一株の額面五〇円。ただし株式未発行。)であったが、そのうち一四万六四〇〇株は、俊一が所有しかつ名義人となっていた。

(甲八、九)

(2) 俊一は、昭和三七年八月二四日、死亡した。

(甲八、九)

(3) 俊一の相続人は、原告及び俊一の母であった福田おと「以下おと」という。)であった。

(甲八、九)

(4) 原告とおとは、同年九月三日開催の親族会議において、右(1)の株式を平等に折半して取得する旨の遺産分割協議の合意をした。

(甲八ないし一〇)

(二) 本件仮装譲渡及びこれに基づく榮治らへの本件旧株券の交付

原告ら関係者は、相続税軽減のための税務対策として、右(一)(1)の一四万六四〇〇株のうち九万株について、俊一の生前、俊一から榮治に対して三万四〇〇〇株(うち原告の相続取得分は一万七〇〇〇株)、直治に対して三万株(うち原告の相続取得分は一万五〇〇〇株)、岡野勇三(昭和三七年当時京都製菓の取締役として実質的に同会社を運営していた者。以下「岡野」という。)に対して二万六〇〇〇株、がそれぞれ譲渡されたもののように仮装することを合意(以下「本件仮装譲渡」という。)し、右合意に基づき、右の株式譲渡数に応じた京都製菓の株券(うち原告の相続取得分に対応する株券を、以下「本件旧株券」という。)が、京都製菓から榮治、直治及び岡野に対してそれぞれ交付された。

その事実関係の詳細は、以下の(1)ないし(7)のとおりである。

(1) 岡野と榮治は、同月一〇日ころ、協議を行い、相続税軽減のための税務対策として、右(一)(1)の株式のうち六万株について、俊一の生前、俊一から榮治、直治及び岡野に対し、各二万株ずつの譲渡があったように仮装することについて合意した。ただし、右の協議については、原告やおとには相談していない。

そして、そのころ、税務署の調査に備えるため、昭和三五年四月一日付けの俊一名義の株式売買代金の領収書三通が作成され、これらをそれぞれ榮治、直治及び岡野が保管することになった。

(甲八、九、一四)

(2) そして、榮治は、そのころ、酒谷長二(当時京都製菓の代表者。以下「酒谷」という。)に右(1)の事情を話し、その処理を依頼した。

(甲八、九、一二)

(3) その後相続税に関する事務の処理を任された榮治は、右(1)説示の六万株の仮装譲渡だけでは不十分であると考えるようになった。

そこで、榮治は、事前には誰と相談することもなく、右仮装譲渡に代え、右(一)(1)の株式のうち九万株について、俊一の生前に榮治に三万四〇〇〇株、直治に三万株、岡野に二万六〇〇〇株の譲渡があり、その結果、俊一の遺産である京都製菓の株式は五万六四〇〇株になっていた旨の相続税申告書を作成した。

そして、榮治は、原告及びおとの押印を得た上で、昭和三八年二月二四日ころ、右申告書を左京税務署に提出した。

(甲八、九)

(4) 榮治は、同年三月ころ、酒谷に対し、本件仮装譲渡の内容を説明し、税務署の調査に対処するため、京都製菓の株主名簿等にその旨記載するように依頼した。

(甲八、九)

(5) 同年四月末ころ、榮治は、右(3)の仮装譲渡に符合する、譲渡人福田智一(俊一)の記名押印のある昭和三五年一〇月一日付け京都製菓宛ての株式譲渡届出書三通を作成し、自らその一通に譲受人として署名押印するとともに、直治及び岡野に対し、本件仮装譲渡の趣旨を説明して、他の二通に同様の署名押印をさせた上、酒谷に対し、右三通の届出書を交付した。

(甲八、九、一五(枝番号を含む。))

(6) 酒谷は、右(2)の話を聞いた後、京都製菓においてはそれまで株式未発行であったことから、発行済株式一八万株に相当する株券を作成して、本件仮装譲渡をより真実らしくしようと考えた。

そこで、酒谷は、昭和三八年五月二日ころまでに、各株主名義人の氏名を記入した京都製菓の株券を作成したが、その際、本件仮装譲渡に係る九万株に対応する株券については、俊一の生前の日付をもって同人名義の裏書を記入し、かつ、それに見合う株券台帳及び株主名簿を作成した後、同年六月ころ、榮治、直治及び岡野に対し、右株券(本件旧株券を含む。)を右(3)の譲渡数に応じてそれぞれ交付した。

(甲八、九)

(7) 原告は、右(3)の相続税申告書に対して押印をする際、榮治から、相続税を軽減するものである旨の説明を受け、その後、岡野からも、本件仮装譲渡は相続税対策上の操作であること、相続税の時効期間は五年であることを説明された。

そこで、原告は、相続税の支払を免れるためには、右時効期間が経過するまでは、自己が相続取得した株式のうち四万五〇〇〇株が榮治、直治及び岡野の名義となり、かつ、右株式に係る旧株券が右三名によって所持されることになってもやむを得ないものと考え、右(6)の株券及び株券台帳が作成された際、酒谷の指示に従って、右株券に俊一名義の裏書の記入をしたり、株券台帳に本件仮装譲渡の日付を記入する等の作業を手伝った。

(甲八、九)

(三) 原告の榮治らに対する本件旧株券引渡請求等及びこれに対する榮治らの態度

(1) 原告は、昭和四八年、榮治に対し、本件旧株券を引渡すように求めたが、同人は、これに応じなかった。

(甲九)

(2) そこで、原告は、自己が前記(一)の株式を含む七万六二〇〇株の株主であると主張して、昭和四九年六月二二日、榮治、直治及び京都製菓を相手方とする株主地位確認請求訴訟(右訴訟を、以下「前件訴訟」という。)を京都地方裁判所に提起した(当庁昭和四九年(ワ)第六四九号事件)。

(争いがない事実、甲七の一、甲八)

(3) 榮治、直治及び京都製菓らは、前件訴訟において、昭和四九年一二月四日付け準備書面の中で、原告及びおとが榮治に対して三万四〇〇〇株、直治に対して三万株をそれぞれ譲渡した旨の主張をした。

(甲七の二)

(四) 京都製菓の新株発行及び榮治らに対する本件新株券の交付

(1) 京都製菓は、昭和五三年七月一日開催の取締役会において、大要次のとおり新株発行の決議をした。

ア 発行する新株式数 記名式額面普通株式三六万株

イ 新株の発行方法 同年七月七日現在の株主名簿に記載されている株主に対し、その所有株式一株につき新株二株の割合の新株引受権を与える。

ウ 新株の発行価額 一株につき五〇円

エ 払込期日 同年八月二三日

(甲八、九)

(2) 榮治及び直治は、右(1)イの新株引受権をそれぞれ行使し、榮治は、本件仮装譲渡に係る原告所有の旧株式一万七〇〇〇株に対する新株式三万四〇〇〇株について、新株払込金一七〇万円を払込期日に支払い、また、直治は、右同様の旧株式一万五〇〇〇株に対する新株式三万株について、新株払込金一五〇万円を払込期日に支払った(榮治及び直治が引受けをした右株式を、以下「本件新株式」という。)。

そして、京都製菓は、同年八月二四日、右(1)の決議のとおり新株を発行し、榮治及び直治に対し、それぞれ引受けに対応する株券(以下「本件新株券」という。)を交付し、その旨株主名簿に記載した。

(甲九)

(本件旧株式と本件新株式とを合わせて、以下「本件株式」といい、本件旧株券と本件新株券とを合わせて、以下「本件株券」という。)

(五) 原告の直治らに対する本件新株券引渡請求等及び直治らの応訴態度

(1) 榮治は、昭和五六年三月一二日に死亡したため、前件訴訟のうち榮治を被告とする部分については、福田玉枝(以下「玉枝」という。)、福田紘一及び福田捷二が訴訟承継した。

(甲八、九)

(2) 原告は、前件訴訟において、昭和五七年五月一八日付け請求の趣旨訂正の申立書により、玉枝らに対して、右(四)(3)の本件新株券の引渡等を求める旨の請求の追加的変更の申立てをした。

(甲七の三)

(3) 玉枝らは、右(2)の請求に対し、昭和五八年一〇月一二日付け準備書面の中で、原告及びおとから榮治らに対する株式譲渡は有効なものであり、したがって、榮治らは新株を適法に取得したものである旨主張をした。

(甲七の四)

(4) 京都地方裁判所は、昭和六〇年九月三〇日、俊一から榮治らに対する株式の譲渡は仮装のものであって、原告との関係では通謀虚偽表示として無効なものというべきである旨判示した上、本件旧株式について原告らの株主権を確認し、玉枝らに対し、右(四)(2)の払込金相当額の支払いを受けるのと引換えに原告への本件新株券の引渡を命ずる旨の判決を言い渡した。

(争いがない事実、甲八)

(5) 玉枝らは、右(4)の判決に対し、大阪高等裁判所に控訴した(昭和六一年(ネ)第七〇号事件等)が、同裁判所は、平成元年二月三一日、右(4)と同様の判示をした上、右同様の判決を言い渡した。

(争いがない事実、甲九)

(6) 玉枝らは、右(5)の判決に対し、上告したが、最高裁判所において、原告と玉枝らとの間に和解が設立した。

(争いがない)

4  本件更正請求及び本件処分の内容

(一) 原告は、右2の確定申告後、右3の事実に基づき、前件訴訟に要した費用(以下「前件訴訟費用」という。)である三一五九万二九六八円から株式等の取得原価として認容された訴訟費用額である五九四万〇一八一円を差し引いた金額である二五六五万二七八七円が、所得税法(以下「法」という。)七二条所定の雑損控除の対象となる原告の損失であるとして、原告の平成二年分の合計所得金額である一八九七万七一八八円の一〇分の一を超える部分の金額二三七五万五〇六九円を雑損控除額として新たに計上し、平成四年二月二九日、被告に対し、本件更正請求をした。

(争いがない事実、弁論の全趣旨)

(二) これに対し、被告は、同年六月二二日、原告に対し本件処分をした。

(争いがない)

三  争点

法七二条一項の適用をめぐる次の各点

1  本件株式が同項所定の「資産」に該当するか(争点1)

2  榮治及び直治の行為が同項所定の「横領」に該当するか(争点2)

3  前件訴訟費用が同項所定の「損失」に該当するか(争点3)

第三争点に対する当事者の主張

一  争点1(「資産」該当性)

1  原告の主張

法七二条一項の「資産」は、必ずしも課税対象になった財産に限定されない。

また、原告は、本件株式を適法に取得している。

2  被告の主張

法七二条一項の「資産」とは、税法上適法に取得した資産又は適法な申告に基づく所得により取得した資産であることを前提としていると解すべきである。

本件において、原告は、自らの相続財産に係る相続税を免れるために原告の意思で株式を仮装譲渡したものであり、その結果として、原告は現実に仮装譲渡した分に相当する株式について、相続税法所定の相続税の申告をせず、かつ、その納税を免れている。したがって、右株式はそもそも法七二条一項所定の「資産」に該当しないものというべきである。

二  争点2(「横領」該当性)

1  原告の主張

法七二条一項に定める「横領」の概念は、刑法上の横領罪におけるそれと同一のものと解するのが相当であるところ、榮治及び直治の行為は、以下のとおり、刑法二五二条所定の横領罪の構成要件に該当する。

(一) 原告所有の本件株券について、榮治及び直治は、次のとおり、原告との委託信任関係に基づいてこれを占有していた。

(1) 本件旧株券について

榮治らに対する本件旧株式譲渡が仮装であったことについては、原告、榮治、直治、岡野及び当時京都製菓の代表取締役であった酒谷の了解事項であり、その上で、酒谷が、榮治及び直治に対して、本件旧株券を交付したものであるから、原告から委託されていた関係にある。

(2) 本件新株券について

旧株券に対する管理は、その法定果実に類する新株券の管理に及ぶ。また、株券発行時の株券の授受は、株主の機関として会社が行うものであるから、新株券の交付が会社から行われたことをもって、株主たる原告からの交付委託があったということができる。

(二)(1) 榮治らは、本件旧株券につき、前件訴訟において、昭和四九年一二月四日付け準備書面で、原告から本件旧株式を譲渡されたものであると主張して、不法領得の意思を表示することにより、横領した。

(2) また、本件新株券についても、同訴訟において、榮治の訴訟承継人らが、自己が正当に取得したものと主張してその不法領得の意思を表示することにより、横領した。

2  被告の主張

本件では、以下の点で、横領罪の構成要件を満たさない。

(一) 本件各株券は、いずれも原告以外の者によって交付されたものであって、原告自らが株券を交付した事実はないから、原告と榮治らとの間に委託信任関係は認められない。

(二) 本件のように受託者側が委託者側からの株主権や不当利得返還請求権を理由とする訴訟に応訴するだけでは、不法領得の意思の発現があったとは認められない。

三  争点3(「損失」該当性)

1  原告の主張

法七二条一項の雑損控除の対象となる損失は、不可抗力的なものに限定されるわけではない。法七二条一項は「一種の不可抗力による損失のみを意味する」との条文になっていないし、また、「不可抗力と同視すべき横領」等横領に制限を加える規定になっていないからである。

前件訴訟費用は、横領に係る本件株券の原状回復のために支出したものであるから、法七二条一項所定の「損失」に該当する。

2  被告の主張

法七二条一項の雑損控除の対象となる「損失」とは、損失を生じた者の意思に基づかない、一種の不可抗力による損失のみを意味し、その損失の生じた者の意思が介在する場合の損失は含まれないものと解するのが相当である。

また、脱税のために仮装譲渡した株式の原状回復のための支出を損失として控除を求めることは、信義則ないし禁反言の法理から許されない。

第四争点3(「損失」該当性)に対する当裁判所の判断

一  法律判断

法七二条一項は、居住者等の有する資産について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合に、その一定額を所得から控除する雑損控除を規定している。その趣旨は、災害、盗難、横領という納税義務者の意思に基づかない、いわば災難による損失が発生した場合に、租税負担公平の観点から、右損失により減少した担税力に即応する形での課税を行おうとするものであると解される。

とすれば、同項所定の原因事実が存する場合であっても、その発生について納税義務者に一定の帰責性が認められ、かつ、その態様が租税負担公平の観点から是認し難いようなものについてまで、同条項の適用を認めるのは相当でないと解される。

二  認定事実

これを本件についてみると、以下の事実が認められる。

1  本件旧株券(本件旧株式)について

本件旧株式に係る本件仮装譲渡及びこれに基づく本件旧株券の榮治らに対する交付は、前記第二の二3(二)認定のとおり、原告の相続税軽減のための税務対策すなわち脱税の目的で行われたものであり、かつ、原告もそのことを承諾し、自らも本件旧株券の作成及び株券台帳等への記入に関与していた。

2  本件新株券(本件新株式)について

本件新株式の発行及びこれに基づく本件新株券の交付が榮治らに対して行われたのは、前記第二の二3(四)認定のとおり、右1の本件仮装譲渡等を原因として本件新株式発行当時の株主名簿に榮治らが株主として記載されていたことによるものである。

三  検討

右二の各事実に照らせば、仮に、原告主張のとおり、榮治らの行為が横領罪に該当し、原告が本件株券(株式)の取戻しのために前件訴訟費用を支出したものであるとしても、右横領の前提となる委託行為は、脱税を目的とする不法なものであることが、明らかである。このような場合、受託者が、委託者からの追及を受けにくいとの予測のもとに横領行為に及ぶ危険は一般に高いというべきであるから、原告には、自ら横領行為が誘発され易い状況を作り出したという点で、損害の原因事実発生について一定の帰責性が認められる。しかも、右委託行為の態様(目的)は、正に健全な納税秩序に反するものであって、租税負担公平の観点から是認し難いものというべきである。してみれば、その結果発生した損失については、法七二条一項所定の適用がないものと解するのが相当である。

したがって、前件訴訟費用は、法七三条一項所定の災害又は盗難若しくは横領による「損失」に該当するものと認めることはできない。争点3に関する原告の主張は、理由がない。

第五結論

以上のとおり、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 芦澤政治 裁判官 府内覚)

別表

課税の経緯

〈省略〉

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